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それはTCM10年間の歴史で最大の危機でした。
イベント当日の朝、関係者全員で最後の打ち合わせを始めようとしたところ、スタッフの方から「琢磨さんの入りが遅れます」の声。これを聞いて一同がソワソワし始めたところ、たたみかけるように「体調が悪くて、38度を越す熱があるそうです」の言葉。MCの川崎かおりさんもカメラマンの松本浩明さんも、そしてもちろん私も、これを聞いて「ええええっ!」と驚いてしまいました。
なにしろ、TCMといえば琢磨ファンのみなさんが1年でいちばん楽しみにしている日。その大切な日に、当の琢磨君が高熱でダウンとは……。しかも、今年はTCMが開催されて10年目の記念すべきイベントです。そんなときに、もしものことがあったらと、控え室に集まった誰もが心配に思ったのです。
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あ、みなさん、こんにちは。今年もTCMリポートを執筆させていただくことになった大谷達也です。どうぞよろしくお願いします。でも、あのときは焦った! だって、時間に遅れてようやく琢磨君が控え室に現れたとき、いつもだったら「おはようございます!」と誰よりも高いテンションであいさつしてくれる琢磨君が、この日は目があった瞬間に軽く微笑んだだけで、言葉もなく自分の部屋に入っていってしまったんですから。
琢磨君の体調がよくないとわかった段階で、スタッフと出演者だけで打ち合わせを実施。「これはどうしても琢磨君に確認しないと判断できない」ことを除いてイベントの流れを再確認し、改めて琢磨君とともに打ち合わせを行うことにしました。琢磨君の負担を最小限に抑えるための苦肉の策です。ところが、改めて行ったほんのわずかな打ち合わせ(イベントの打ち合わせは、当日より前に何度も行っていますのでご安心ください!)の際にも、顔色の悪い琢磨君は「すいません、ちょっと横になっていてもいいですか?」と、いかにも辛そうな様子。これを聞いて「あ、今日は無理かもしれない」と私は思いました。
聞けば、前日の晩に寒気がし始めたので早めに休んだものの、朝になっても体調は回復せず、体温を測ったら38.5度の熱があったというのです。いままで目にしたこともないほど辛そうな表情の琢磨君を見ながら、私は、この事実をどうやってファンの皆さんにお知らせしたらいいか、そればかり考えていました。
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短時間の打ち合わせを終えた琢磨君は、会場近くのお医者さんが日曜日にもかかわらず診察してくれるということで、そちらを訪ねていきました。その間、残された出演者とスタッフの間で、イベント中に琢磨君の体調が悪くなったら、どう対応するかについて協議しました。毎年、かおりさんと私の間では、「ファンの皆さんは琢磨君の話を聞くのが楽しみでやってきているのだから、私たちの話は最小限にして、できるだけ多く琢磨君のコメントを引き出しましょう」ということを確認しているのですが、今年は状況が状況だけに、かおりさんから「オオタニさん、ファンの皆さんに嫌われてもかまわないから、今日はできるだけたくさん私たちがしゃべって、琢磨君を少しでも楽にしてあげましょう」なんて提案があったくらいでした。もちろん、私もこれには賛成でした。
そうこうしているうちに、琢磨君がお医者さんのところから戻ってきました。でも、お医者さんにかかって少しだけ気が楽になったのか「『元気になる注射を打ってください!』って頼んだのに、『元気になる注射はないですねぇ…それってビタミン剤みたいなものですか?』って逆に聞き返されちゃった」なんて話を私たちにしてくれます。うーん、でも、まだ心配だな。そうこうしているうちに、開演の時間が迫ってきました。
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「みなさーん、佐藤琢磨選手です。お帰りなさーい、琢磨さん!」 かおりさんのいつもの元気な声で、10年目のTCMは幕を開けました。そうか、モーダポリティカで200名ほどのファンの方々と手作りの小さなイベントを開いてから、もう10年なんだ。時間が経つのは本当に早いなあ。あれから琢磨君には、こんなこともあったし、あんなこともあったし……なんてステージの脇で思い出していたら、かおりさんの「では、特別ゲストのオオタニさんをお招きしましょう!」という声が聞こえてきました。さあ、私の出番です。
ここからは、貴重な映像を使いながら今年のインディカー・シリーズについて振り返る時間です。インディ500の最終ラップでのダリオ・フランキッティとの攻防では、カメラアングルを変えながら、そしてスローモーションを交えながら、何度もあの「歴史的瞬間」を見つめ直しました。「あ、ダリオ、一回ステアリング切って、また戻しているじゃん!」 そんなことに気づいた方も、きっと多かったでしょうね。まあ、それだけダリオも琢磨君を相手に本気で戦っていたという証拠。「やっぱり、オーバルではダリオのほうが一枚上手でしたね」なんて琢磨君はオトナのコメントをしたけれど、来年こそはいいバトルの末に琢磨君が勝つところを見たいですね。
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……なーんて思っていると、琢磨君、確かにちょっと苦しそうだけれど、いつもとほとんど変わらない調子で話している。かおりさんと私は、なんとかして琢磨君の負担を減らそうとするんだけど、ファンの皆さんに話したいことがヤマほどある琢磨君の口からは次から次へと言葉が飛び出してきて、なかなかコメントを挟み込むことができません。「あー、大丈夫だろうか……」
でも、やっぱり琢磨君は苦しかったんですね。普段、ステージ上ではそれほど口にしないミネラルウォーターを、会話の合間、合間に飲んでいる。しかも、残りはあとわずか……。
「もう、自分の水を持って行ってあげるしかないな」と私が決断したその瞬間、かおりさんがすくっと立ち上がると自分のペットボトルを片手に琢磨君のところまで歩き、それをそっと差し出しました。「あ、かおりさんも同じこと考えていたんだ」 イベント後に話したら、やっぱりかおりさんもミネラルウォーターがどんどん減っていくのが気が気じゃなくて、「あの水がなくなったら、琢磨君の声もつぶれてしまう……」ってひやひやしながら眺めていたそうです。
けれども、これで危機は去り、イベントは何事もなく進行していきました。「やっぱり、琢磨君はファンの皆さんと一緒にいるときが、いちばん元気なんだ」 開演前は最後まで無事にできるかどうか心配していましたが、この調子だったらとりあえずは大丈夫そう。ステージ上で一生懸命に話す琢磨君の横で、私はほっと胸をなで下ろしていました。
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インディカー・シリーズの振り返りが終わると、今度はシーズン後に参戦したフォーミュラ・ニッポンとWECの話題に移ります。そうそう、今年はインデイ・ジャパンがなくなっちゃったけれど、琢磨君は結果的に4レースも日本で戦うことになったんでした。さすがにコンペティティブなフォーミュラ・ニッポンに準備の整っていない状態でのスポット参戦では苦戦もしたけれど、走るたびに調子を上げていったのは記憶に新しいところ。それと、これまではシングルシーターのフォーミュラカーばかりに乗っていた琢磨君が、2座席のスポーツプロトタイプカーを操ってWEC富士に参戦したときの様子もなんだか新鮮でした。
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ここでトークショーが一段落すると、今度はお待ちかねの質問コーナーです。今年も皆さん、いろいろと質問を仕込んできてくれましたね。ありがとうございました! 昨年は10問のマルバツ形式で質問した“あの方たち”も、今年は他の方々にやや遠慮して5問に縮小。それでも昨年と同じように質問コーナーを盛り上げてくれました。
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そのほかで私が印象に残ったのは「コイツはちょっと苦手だなというドライバーはいますか?」という質問。琢磨君は率直に「グラハム(レイホール)は苦手でしたよ。バトルになると、いつも『そこまでやらなくていいでしょ?』というところまで攻め込んできましたから。でも、今年、僕がレイホールに移籍したら、ころっと態度が変わって、開幕戦が終わったときなんかも『ウチのオヤジ、琢磨のことべた褒めだよ』なんて言ってくれました。それからも、チームのバーベキューとかで顔をあわせるうち、いまはすっかり仲良くなりました。すごくいいヤツですよ」とコメント。そんなことって、あるんですねえ。
もうひとつの質問は、九州からわざわざお越しいただいたファンの方からの質問。「フォーミュラ・ニッポンもいいんですが、来年は是非スーパーGTにも挑戦してオートポリスにやってきてください! スーパーGTに興味はありませんか?」 これに対して琢磨君は「スーパーGTにも興味はあるんですが、インディカー・シリーズ後でスーパーGTにスポット参戦するとなると、どこかのチームのドライバーと交代という形での出場になってしまう。それは、難しいですよね」と真剣に回答。これを聞いて、「なるほど、そういう事情があったんだ」と私も妙に納得してしまいました。
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質問コーナーが終わったところで、私はいつものように降壇。客席に移って、皆さんとともにイベントを楽しみました。続いて行われたのは大抽選会。今年はTCM10周年ということで、琢磨君も特に気合いが入っていましたね。なにしろ、松本カメラマン撮影の写真パネルに始まり、琢磨君自らが選んだアイスワイン、そして琢磨君が着用した10年間分のレースギアの数々など、豪華賞品が26点も勢揃いしたんですから。なかには、トロロッソをテストしたときに作ったスペシャル・シューズなんてあるんじゃないですか! それ、本当にプレゼントしちゃっていいんですか? 聞いたら、賞品を運び出したら、琢磨君の自宅の倉庫がだいぶすっきりしちゃったそうですよ。もちろん、当選した人たちは大喜び。会場は再び大いに盛り上がりました。
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ここで抽選に当たらなかったとしても大丈夫。続いては、こちらも恒例のじゃんけん大会が開かれました。これは「『黙って待っていて当たる』抽選会だけでは不公平、自分の実力で勝ちにいくプレゼント・コーナーも作って欲しい」という、いかにも琢磨君らしい要望で作られた企画ですが、今年はなんと3回もじゃんけんをして、そのウィナー(?)にこちらも豪華なプレゼントが贈られました。
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ここでイベントは一旦、休憩。ステージの準備を整えてから握手コーナーに移ります。私、琢磨君はここまで持ちこたえても、握手会は体力的に無理だろうと思っていました。でも、一旦控え室に戻ってきた琢磨君は、少し疲れた表情を浮かべながらも「大丈夫、やりますよ」とひと言。スタッフ全員、一抹の不安を抱きながらも、琢磨君を再びステージに送り出したのでした。
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でも、琢磨君はきっちりやり遂げてくれました。あらかじめ用意しておいた直筆のサインカードを差し上げながら、800名を越すファンのみなさんとひとりひとり順に握手を交わしていきます。そういえば、今年は例年になくハグを希望する方が多かったような気がしましたが、それを見て私はハラハラどきどき。だって、琢磨君の風邪がうつっちゃうかもしれないじゃないですか! みなさん、大丈夫でした? 琢磨君の風邪がうつらなかったことを心から祈っています。それとも、琢磨君の風邪だったら、ファンの皆さんも「かまわない!」と思ってくれたかな?
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こうして10周年記念のTCMは無事終了。いやあ、琢磨君、本当にお疲れ様でした。ステージから降りてきた琢磨君にそう声をかけると、「あー、なんかおなか空いた! ゴハン食べに行きましょうよ!」のひと言。これを聞いて「ああ、いつもの琢磨君が帰ってきた!」とスタッフ一同はひと安心。イベントの成功を、改めて喜び合ったのでした。
そういえば、トークショーの途中で私が「10年間のTCM、全部参加された方はいますか?」と質問したところ、会場のかなりの方々が手を挙げてくださいましたね。このときばかりは、琢磨君もすごい嬉しそうでした。こうやって、皆さんに支えられながら10年間やってこれたんだなあと思うと、ちょっと胸に熱いものがこみ上げてきました。
でも、まだこれから、これから! 琢磨君は来年もきっとインディカー・シリーズで活躍してくれると思うので、皆さん、一緒に応援していきましょう!
来年もTCMの会場で皆さんとお会いできることを楽しみにしています! そして、今年参加できなかった皆さん、来年は是非会場に足を運んでくださいね!! それでは、また!
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